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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)278号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 川本権祐 外一名

被控訴人 福沢シズヱ

主文

原判決中「原告其の余の請求を棄却する」とある部分を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二万九千二百五円及びこれに対する昭和二十七年八月八日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中『原告其の余の請求を棄却する』とある部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十二万五千二百三十五円及びこれに対する昭和二十七年八月八日より完済まで年五分の割合により金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「被控訴人は昭和二十六年十二月二十五日当時重症であつた訴外亡福沢久の代理人として、本件診療費債務中同日までに発生した分全額についてこれを承認したから、これにより時効が中断された。又訴外高原久義は被控訴人の代理人として、昭和二十七年八月十七日及び昭和二十八年二月二十七日の二回に亘り本件診療費債務全部につきこれを承認し、これにより時効が中断された(但し原判決末尾添附の明細書(1) (2) の各債務につき当時既に時効が完成していたとすれば、これらの債務については時効の利益が放棄された)」と述べ、甲第二十一、二号証を提出し、当審証人西岡義明及び同上田正友の各証言を援用し被控訴代理人において「控訴人の右主張事実はすべて否認する。仮に被控訴人が昭和二十六年十二月二十五日本件診療費債務中同日までに発生した分につき、承認したとしても、同日から更に三年の経過により右債務はすべて時効によつて消滅した」と述べ、当審証人高原久義の証言を援用し甲第二十一、二号証の成立を認めた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

訴外亡福沢久が昭和二十四年四月十九日右腎臓膀胱前立腺結核、腸結核、肺結核のため控訴人経営の国立別府病院に入院して診療を受けたが、昭和二十七年七月二十一日死亡したことは当事者間に争のないところである。しかして証人上田正友の原審(第一回)における証言によりその成立の認められる甲第一号証の一乃至四十一、同第二号証の一乃至二十七及び原審証人小南正二の証言によりその成立の認められる甲第十号証の一乃至十七、同第十一乃至第十八号証の各一、二によれば、右入院期間中の久の診療費が毎月それぞれ少くとも原判決末尾添附の明細書(以下単に明細書と称する)の負担金額欄記載の金額を超えるものであること並びに右診療費は各月末にその月分を集計した上、翌月以降において債務者に対し支払を求める取扱であつて、右診療費債務は診療実施の月の各末日をもつて履行期とする定めであつたことを認定することができる。従つて右債務は既にその全部につき履行期の到来していることが明らかである。

ところで被控訴人は、右久の診療費はその全額につき生活保護法による医療扶助の決定が為されているから、久は診療費を支払うべき債務を負担していなかつたと主張する。そして右診療費につき生活保護法による医療扶助の決定があつたことは当事者間に争がないけれども、前記小南証人の証言及び同証言によりその成立の認められる甲第八、第十九、第二十号証並びに証人西岡義明の原審及び当審における証言によれば、久の診療費につき同人の居村大分県下毛郡真坂村(町村合併により現在は同県同郡三光村)村長は昭和二十四年七月生活保護法により職権をもつて一年間全額医療扶助の決定を為し昭和二十五年七月分までは右により扶助が為されたのであるが、同年八月分以降については一時医療扶助が停止され、翌昭和二十六年二月再び同村長において同月分以降は一ケ月金五千円を超える部分について医療扶助を為す旨の決定を為し、次いで同年三月分から一ケ月金四千円を超える部分について医療扶助を為すこととされ、久の死亡するまで右のような扶助が為されたことが認められるのであつて、右認定を左右するに足りる証拠はない。しからば久は明細書負担金額欄記載の通り各月分の診療費について支払義務を負担したものといわなければならない。

しかるに被控訴人は、右全額医療扶助の決定のあつた当時とその後における久の収入財産等には顕著な変化がなかつたから旧真坂村長の措置は不当であると主張するのであるが、右措置の当否はともあれ、これを取消し又は新たな行政処分の為されたことが認められない以上、たとえ被控訴人の主張するような事情が存するとしても、これをもつて久の負担する前記診療費債務を免責する事由と為すことはできない。

しかして控訴人は右診療費債権の内明細書記載(10)(11)(15)(16)の負担金額全部及び同(12)の負担金額の内金二千円については弁済を受けたことを自認し本訴において請求していない。右以外の久の債務については、被控訴人が久の相続人であることは当事者間に争がなく他に相続人の存することは認められないから、被控訴人において全部これを承継したものといわなければならない。そして被控訴人は右債務の内原判決が控訴人の請求を認容して被控訴人に支払を命じた明細書記載(21)(23)乃至(26)の各債務については不服の申立をしていないから右部分については当審においてその当否につき判断をする必要がないわけである。

被控訴人はその余の債務について三年の消滅時効が完成したと主張する。そして右債務の履行期はさきに説示した通り診療をした月の各月末に到来したものであるから、右時効期間は診療をした月の各月末からこれを起算するのが当然であるが、被控訴人は本訴において診療をした月の翌月の初日を起算点として時効を援用しているから、右主張の範囲内において診療をした月の翌月の初日から起算して時効期間を算定することとする。しかるに控訴人は時効中断事由及び時効利益の放棄として以下の通り主張するので、順次これについて判断する。

(一)  先ず控訴人は「被控訴人は昭和二十六年十二月二十五日当時重症であつた久の代理人として本件診療費債務中同日までに発生した分全額についてこれを承認したから、これにより時効が中断した」と主張し、前記西岡証人の原審及び当審における証言及び同証言によりその成立の認められる甲第七号証(債務確認書)並びに前記小南証人の証言によれば、国立別府病院の医事主任である西岡義明が昭和二十六年十二月二十五日頃前記真坂村の吏員である小南正二等と共に被控訴人方を訪問し、久の診療費につきその身元保証人である被控訴人に対し支払を督促し且つ被控訴人をして債務確認書に署名押印させた事実を認定することができる。しかしながら右甲第七号証を更に検討するに、該書面は所定の用紙に単に金額及び弁済期を記載し債務者として被控訴人の住所氏名の記載及び押印が為されているにとどまり、その他の欄はすべて空白であつて、債務の原因、殊に右金額が何時から何時までの診療費を意味するのかは明らかでなく、前記西岡証人の証言を比照しても、この点は依然明白を欠くのである。本件診療費債務は元来一の契約から遂次発生する一連の債務ではあるけれども、さきに説示した通り一ケ月毎に集計してその都度履行期が到来するのであるから、この点からいつても各月分の診療費債務は夫々独立したものであり、その存在を認めてこれを承認したというためには、各月の診療費につき一々精細な金額が示される必要はないとしても、すくなくともそれが何年何月分の診療費であるかが明らかにされていなければならない。斯様な事情を勘案し且つ原審における被控訴本人の供述をも対照するならば、前記各証拠をもつてしては、いまだ控訴人の主張するような時効中断事由としての債務承認の事実はこれを認め難いというべきであり、他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。されば控訴人の本抗弁はこれを採用することができない。

(二)  次に控訴人は「被控訴人は昭和二十七年七月二十二日国立別府病院会計主任に対し本件診療費債務を承認し且つ同年九月十七日金二千円の内入弁済を為したから、これにより時効が中断した」と主張する。しかしながら前記上田証人の原審(第一回)における証言によると、国立別府病院の会計主任である上田正友が、久死亡の翌日同病院に来訪した被控訴人に対し久の滞納診療費につき単に概算を示してその支払を求めたところ、被控訴人は追つて息子を寄越する旨申向けてそのまま引取つた事実が認められるだけである。前記の通り本件診療費債務につき時効中断事由としての承認があつたというためには、すくなくとも何年何月分の診療費であるかが特定されていなくてはならないのに、斯様な要件に合致する債務承認が為されたことはこれを認めるに足りる証拠がない。

又控訴人が昭和二十七年九月十七日内入弁済を受けたと主張する金二千円は、昭和二十六年五月十日被控訴人より控訴人に支払われていることが当事者間に争がないから、たとえ控訴人が昭和二十七年九月十七日該金員の収納手続を為したとしても、右収納手続に被控訴人が関与した事跡の認められない以上、同日時効中断事由としての承認が為されたものということはできない。そして右金二千円は控訴人により明細書記載(12)の診療費の内金として収納されているのであるが、成立に争ない乙第二号証(領収書)と比照するときは何年何月分の診療費の内金として被控訴人より支払われたものが必ずしも明らかでなく、むしろ被控訴人より特に該当月を特定することなく漠然支払われたものと推定される。してみれば昭和二十六年五月十日右金二千円の支払により本件診療費債務のいずれかにつき承認が為されたと見ることも亦困難である。

(三)  次に控訴人は「控訴人は明細書記載の通りそれぞれ各月分の診療費中久の負担部分について納入告知書を発行して支払を求め、右は同日到達しているから会計法第三十二条によりそれぞれ時効中断の効力を生じた」と主張する、そして前記西岡証人の原審における証言によりその成立の認められる甲第三号証の一、二及び同証人の当審における証言によると、国立別府病院は本件診療費につき明細書の納入告知書発行日欄記載の通りそれぞれ納入告知書を発行し、久死亡前は同人の代理人としての、又久死亡後にその相続人としての被控訴人に対しいずれも郵便により送付して交付していたことが認められ、右納入告知書は別段の事情の認められない本件においてはおそくとも発行の日より一週間内に被控訴人に到達したものと推定することができる。証人高原久義の当審における証言中右認定に反する部分は措信できない。しかして納入告知を為すべき時期につきこれを制限した規定は存しないから、診療の行われた日より遥かに遅れて為されたものであつてもなお適法な納入告知として有効であり、これらの納入告知はそれぞれ会計法第三十二条により時効中断の効力を生じたものというべきである。もつとも国立別府病院の職員が各納入告知に前後して被控訴人に対し随時文書又は口頭をもつて縷々本件診療費支払の督促を為したであろうことは弁論の全趣旨によりこれを推認するに難くなく、殊に昭和二十六年十二月二十五日頃被控訴人方において同人に対し口頭による督促が為されその際債務確認書が作成されたことはさきに認定した通りである。そして納入告知が時効中断の効力を生ずるのは最初為されたそれに限るのであつて、仮に所定の形式に従つて再度以上の納入告知が為されても、それは最早時効中断の効力を生じないものと解すべきである。しかしながらさきに認定した適式の納入告知に先立ち国立別府病院の職員が随時為した文書による督促が、予算決算会計令第二十九条本文所定の納入告知の要件を具備した書面をもつて為されたことはこれを認むべき証拠がない。又口頭をもつてする納入告知は同条但書により債務者をして出納官吏又は出納員に即納せしめる場合に限り適式の納入告知としてその効力を有するものであるところ、前記昭和二十六年十二月二十五日頃の口頭による督促及び右以外の口頭による督促に対し債務者が即納した事実も亦これを認むべき資料がない。しからば本件診療費についてはさきに認定した明細書の納入告知書発行日欄記載の納入告知書によるものが各債務につきそれぞれ有効な納入告知として時効中断の効力を生じたものといわなければならない。

してみれば本件診療費債務の内三年の時効期間経過により消滅したものは後記判断を別として一応次の通りとなる。すなわち

別紙明細表(1) (2) の各債務は納入告知前既に時効期間が経過したことにより

同(3) 乃至(6) (12)の内未払額金千円(13)(14)(17)乃至(20)(22)の各債務は納入告知により一旦時効が中断された後本訴の提起された日であること記録上明白な昭和三十年五月十日までに既に時効期間が経過したことにより

いずれも消滅したものであり、爾余の(7) 乃至(9) の各債務は本訴提起前未だ消滅時効が完成していないということができる。

(四)  更に控訴人は別個の時効中断事由及び時効利益の放棄として「訴外高原久義が被控訴人の代理人として昭和二十七年八月十七日及び昭和二十八年二月二十七日の二回に亘り本件診療費債務全部につきこれを承認した」旨主張する。そして成立に争いない甲第二十二号証(手紙)及び前記上田証人の当審における証言によれば、前記高原が控訴人主張の各日時頃国立別府病院に対し、それぞれ文書又は口頭をもつて本件診療費債務の一部を支払うべき旨を表明した事実を認めることができるのであるが、その際同人が債務の承認につき被控訴人を代理する権限を有していたことはこれを認めるに足りる確証が存しない。もつとも前記甲第二十二号証には同人において被控訴人の法律行為を代理する旨を自認するような記載が存するが、これを前記高原証人の当審における証言と対照して考察すれば、右記載は、同人が控訴人に代つて久の死亡診断書の交付を督促するにつき控訴人の代理権を有していたことの証左となるだけであつて、高原の行為全般につき被控訴人がその責に任ずべきものと解するのは相当でない。しからば控訴人の本抗弁はこれを採用することができない。

(五)  最後に控訴人は「控訴人は昭和三十年一月十三日被控訴人に対し本件診療費の支払を請求しその後六ケ月内に本訴を提起しているから、右請求は催告として時効中断の効力を有する」と主張するけれども、右催告の事実はこれを認めるに足りる証拠がないから、本抗弁も亦失当である。

結局控訴人の本件診療費債権は上来説示した通り、明細表記載(1) 乃至(6) (12)の内未払額金千円(13)(14)(17)乃至(20)(22)の各債権が時効により消滅し、(7) 乃至(9) の各債権のみ残存しているわけであるから、((21)(23)乃至(26)の各債権も残存しているけれども、前述の通りこの部分については当審において判断をする必要がない)控訴人の本訴請求中当審に不服申立のあつた部分は、右残存債権合計金二万九千二百五円及びこれに対する履行期到来の後である昭和二十七年八月八日より完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度において正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものである。

よつてこれと一部趣旨を異にする原判決を変更し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条、第九十二条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 川井立夫 高次三吉 佐藤秀)

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